なぜ水圧システム?

 鳥獣保護区域で建設機械が油圧システムを駆動して作業を行う,食肉製造ラインで油圧の力を使って生産を行う,どこか違和感を感じませんか?油を使うと大きな力を出すことができますが,漏れや事故が起こったときに環境や製品自体を汚してしまう可能性が高いのです.同時に,古くなった油は簡単に捨てられません.しかし,水,例えば水道の水で作業が出来たらどうでしょう?製薬会社や半導体製造ラインなどの厳しい清浄度管理の元でも生産要求に応えられるのでは?
捨てるのも簡単です.これが研究を始めた動機です.下の写真は現在までに実用化された,あるいは実用化間近な水圧システムの一例です(順次掲載予定).

   
写真1 鶏肉脱骨装置(左:むね肉用,右:もも肉用)  
[株式会社前川製作所様ご提供; 2003年度の実用化試験中]



写真2 振動締め固め機械(地面接地部;地盤液状化防止工事)
[株式会社グリーン興発様および調和工業株式会社様ご提供;実稼働写真]

この他にも,

 ○屋内プールシステム
 ○ダム水門駆動システム
 ○汚泥回収システム

などに実用化例があります.工事現場や道路工事で見かける建設機械が水の力で動いているとしたら... もうすぐそんな日が来るかもしれません.
                                        

 1997年12月に採択された京都議定書など,この約10年間の環境問題意識の高まりを背景に生産工場などからの廃棄物をゼロにしようという動き(ゼロエミッション・マニファクチャリング)が活発になりつつあり,水圧の力を利用したシステムに大きな期待がかかっています.では,油圧を水圧に置き換えた場合,何が問題になるのでしょう?

何が難しいの?

 解決しなければならない技術的な壁は,現在2つあります.

1.摩擦と漏れ

  水は比較的粘性が小さいので,油では漏れなかったような小さなすき間からでも流れ出し,伝えるべき圧力を下げてしまったり,送る流体の体積を小さくしてしまいます.これが漏れです.例えばシリンダ(=水鉄砲ですね)を考えてみましょう.漏れを防ぐにはすき間に封入(シール)性の強い物を詰め込めばよいのですが,これではシリンダが滑らかに動けなくなります.滑らかに動けないと,希望の位置に精度良く止めることは非常に難しくなります.でも漏れてしまうと圧力が上がらないので,力が出ません.油圧システムでは油自体が潤滑剤の役目も果たしてくれたのですが,水圧ではこれが大きな問題になります.漏れて欲しくないけど,滑らかに動いて欲しい,という矛盾した要求にはどう応えれば良いのでしょう?この問題を解くには,

     水圧機器材料の改良と制御方法(動かし方)の工夫

が,同時に必要になります.材料や構造を工夫する(ハード面での改善)にはお金がかかります.しかし,動かし方を工夫(ソフト面からアプローチ)するのは意外に簡単かも.その一つの答えが

     ロバスト制御

です."ロバスト"とは,"頑健"なことで,シールによる摩擦力の影響や負荷の変動にできるだけ左右されず,(頑丈に)ねらいとした性能を保証することを目的とした制御系設計手法のことです.本学の研究室で得られた結果は,研究発表や国際学会で報告されています.また,企業との共同研究も進めています.

2.水質管理

  水自体は本来清浄度の高い物質なのですが,放置しておくと空気中のゴミやカビが入り込んで繁殖し,結局腐ってしまいます.腐ると,すき間の目詰まりや悪臭の発生につながり,良いことは一つもありません.もっと怖いのは,そういった最近の巣(コロニー)が長い間には配管材料に使用されているステンレス等の金属を侵し,剥がれた微小な金属片が他の機器や配管内面に傷を付けてしまうことです.油と違い,必要なときに自由に捨てることが出来るのが水のよいところですが,捨てるまではきちんと水質の管理が必要です.どの温度で,この運転条件のときに,これくらいの清浄度の水質がどのくらいの期間保てます,という管理指針があれば,水圧システムはさらに使いやすい物となるでしょう.このような目安を知るための研究も行っています.



水圧システムは,油圧システムの補完システムではありません

  こうしてみると,水圧システムは漏れが大きく,摩擦が大きく,水質にも注意しないとならずおまけに高コストなので,油圧システムの持っているメリットに敵うはずがなように見えます.しかし,水圧システムの開発の目的は,"油圧システムの悪い点を補うこと"ではないのです.生産施設や技術導入への投資効果を最大にする手法として最近提唱されている技術経営(MOT)の一つの解決策としての位置付けと考えるのが正しい開発動向のです.
  例えば,食品分野,中でも材料に近いところで稼動する生産機械において,どの駆動源を選ぶべきかを考えて見ましょう.第一に考慮すべきことは品質と安全です.この時点でオイルミストや漏れがあるために油圧駆動は除外されます(これらが問題とされない場合には当然選択として残ります).次に電気駆動ですが,一見万能選手と見られているこの駆動源は,アクチュエータや配線に防爆・防滴を考慮しなければならない場合には注意が必要となることが多く,重量や空間占有体積がどんどん大きくなります.さらに気密性の低い空間に液体が入り込んだ場合,中で菌類や微生物が繁殖する場合があり,結局定期的なメンテナンスが大掛かりなものとなる場合があります.さらに空気圧を駆動源とした場合には,大きなトルクを必要とする場合にはちょっと不安で,エネルギう効率も電気・油圧に比べて大幅に低いものとなります.では水圧駆動の場合はどうでしょうか.アクチュエータの駆動自体が水道水のみで行われるため,始めから丸洗いが可能です.加工現場から離れた部分の制御部のみにしか電気配線を必要とせず,防爆・防滴は通常のレベルで済みます.従ってシステム全体として評価した場合のイニシャルコストおよびランニングコストが低く抑えられる可能性が非常に大きくなります.これが先に述べた技術投資効果を最大にする"技術経営"へのトータルソリューションとなります.
  従って水圧システムとは,油圧の対環境融和性を補っただけの駆動源ではないことが理解できます.電気・空気圧・油圧に並ぶ,第4の駆動源として役割を担うものなのです.


新しい駆動源として

  現在の日本では,水道は各家庭にほぼ100%の普及率で敷設されています.ほぼ0.2MPa程度の圧力を常時供給しているのですから,電源供給とならんで,各家庭にエネルギ供給源が備わっていることと同じです.電源供給と異なるのは,媒質が液体であることです.従ってこのエネルギ源を,電気が不得意な分野へ活かす,あるいは電気と組合わせて使うことはできないでしょうか?これが水道管回路網を利用したエネルギ分配システムの基礎概念です.例えば高齢化が進む日本社会では,ホームエレベータの利用が増えると考えられます.人間や荷物を上の階に運ぶには水道からの圧力を自己昇圧して必要なエネルギに変えて使い,下降時はそれまでエレベータの持っていたポテンシャル(位置エネルギ)を別の容器に蓄えておけば,次の上昇の際にこれを利用することができます.従ってエネルギ回生が各家庭で行われるようになります.何よりエネルギ問題への関心を持ち,各自が解決法を考えること自体が新しい価値となります.



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