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教授:清水先生から

清水先生(清水研究室)の研究内容

機械をつくる機械,マザーマシンと呼ばれる工作機械(下図)を中心とした精密機械・機器を高性能化するための,設計技術から評価技術に関連する幅広い研究を行っている.主な研究テーマは,以下の通りです.

1)工作機械の高精度・高能率な性能評価法の開発

2)精密機械・機器の結合部の静・動・熱特性の定量 化とその構造解析への適用法

3)熱変形フリーな工作機械の開発




自分の学生時代を振り返って

 上智大学の理工学部機械工学科の6期卒業生です.当時は,学科としてソフィア祭に参加し,学科の課外活動である研究プロジェクトの成果を展示したりなど,1年生から4年生までの先輩・後輩同士の交流が密にあり,とても充実した学生生活であった.部活は,1年次には自動車部に所属していたが,1年で退部して,自動車工学研究会に入り,夜中に自動車のヘッドライトの特性試験などをやったりと車三昧の毎日であった.また,夏休みなどには,仲間と車で海岸線のみを走って本州を一周したりなど,大いに学び,遊んだ,楽しい,充実した学生時代が思い出されます.


日本機械学会RC229分科会会長時の清水先生


学生諸君へ一言

 大学生活を楽しくするのも,つまらなくするのも自分です.自分で動かなければ,誰も,何も与えてはくれないものと自覚する必要があります.
 また,身の回りの技術にもっと関心を持ち,その仕組みの素晴らしさに感動するとともに,そのような技術開発のためにはどのような学問が必要なのかも考えてみることです.次世代の技術開発の担い手は,皆さんであることを忘れないで下さい.その担い手になるためには,上智大学が有している環境を縦横に生かして,自ら積極的に動き回り,より充実した学生生活を送ることです.



教授:坂本先生から

坂本先生(坂本研究室)の研究内容

主に機械を対象とした「ものづくり」,特に「精密加工技術」の研究を行っています.「マシニングセンタ」というロボットのような万能加工機械や「レーザ加工装置」という光で材料を加工する機械を使って,微細な形状を正確に作る技術を開発しています.
 
最近は,地球環境保護の重要性が叫ばれていますので,それに応えるための「環境負荷を低減したものづくり技術」に重点をおいて研究開発も行っています.廃棄物を出さない,あるいは出さざるを得ないものについては最少にする,逆に加工技術を応用してリサクルを可能にする技術なども開発しています.



自分の学生時代を振り返って

3年生までは,競馬,マージャン,囲碁,バイト&お酒,,,と言う具合で,どこを探しても学校とか講義というような言葉は見つからない生活でした.ただ,当時まさに普及し始めたパーソナルコンピュータには8ビット時代から深く関わっていました.当時,PCの価格が一式40万円くらいしていて,自力ではいくらバイトしても買えないと見切り,いとこの会社と「PCによる業務管理システムを作る」という契約をしました.その会社にPCを買ってもらい,構造化プログラミング言語Pascal (N.Wirthを心から尊敬しています!) を駆使して,オリジナルの経営管理ソフトを作っていました.もちろん (自分で遊ぶために) ゲームも作りましたし,学校の演習はすべてPCで解いていました

学校での機械工学科の勉強は一切しませんでした (そもそも授業に出ていない!)が,「機械工学科の課題をいかにPCのソフトウェアとして実現するか?」という課題を自分に課して,そのために機械工学を独学で理解した,という感じでした.これは,食事に困った時に飯代を得るために大いに役立ち,貧乏な私が生き長らえる貴重な原資となりました(製図課題「多軸ボール盤ヘッドの設計」では5人分くらいの設計計算を一人でやった記憶があります)

また,大学院時代には,ゴルフ場の開発会社で「ITコンサルタント」という胡散臭いバイトを得て,UNIXベースの土木設計システム(ハードおよびソフト)の導入,立上げから社員の技術指導までして,時給\4,000くらい,いつ会社に行ってもOK,お昼も夜も食事(もちろんお酒も)付き,秘書(20代後半,女性)まで付けてもらうという破格のアルバイトに就けたのも,PCを遊び倒したお陰でした(入社してくれるなら役員待遇で入れてやると言われていました,その会社はバブル崩壊とともに雲務消散しましたがね…)

スポーツは大概のものに手をつけましたが,いちばん一生懸命だったのは,オフロードのバイクを駆っていろいろな山の中を走り回ることでした.3年後期の木曜日の午後がカリキュラム的に空きになっていた(いや,たぶんその時間帯の科目をすべて切ったのかもしれない)ので,ほぼ毎週,昼の12:30に学校を出て,千葉県内の山の中を,林道6本くらいを含めて200kmあまりを走って,19:00ころに学校に戻るというトレーニング(草レースに出るために)をしていました.ある時は,山の中で「整然と生えている『野生の』トウモロコシの一群」を見つけ,さっそく10本ほど手折って学校に持って帰り茹でてみたが,全く味がせず,どうやら「飼料用のトウモロコシ」を掴んだらしいという落ちを喰らったりしていました.中でも一番ハードなコンディションは,大学院1年の12月に標高1800m級の峠越えの林道(全線が雪道)を走破し,里に下りて地元の人に吃驚されたりもしました.

卒業研究と大学院では「レーザ加工」の研究をしていました.最初,制御工学講座に行こうとしたのですが,「成績が悪いやつはいらん!」と蹴り出され,「誰でも歓迎!」と言ってくれた「精密加工学研究室」に入りました.

これが,私のこれまでの人生で「最も幸運なこと」でした.そこで吉田嘉太郎先生を始めとした素晴らしい先生方,先輩方に恵まれ,それまで究極的に不良学生だった私が約3カ月で「研究の虫」に変わっていました.それは,それは,劇的で予測不可能な化学反応でした.

卒研では,宮腰機械という印刷機械の会社で,レーザ光を用いた紙のミシン目加工システムの構築を行いました.指導教員の先生は,装置の搬入と共同研究の進捗会議あわせて数回しか会社に見えていないので,そのシステムは私(当時4年生)が立ち上げたと言っても良いと思います.今,振り返ってみると,本当に「怖いもの知らず」でした.なまじ知識があったら「そんな大変なことはとても一人ではできない」と思ったことでしょうね.

大学院では,エンジニアリング・セラミックスの無欠陥3次元加工法の開発を行いました.当時,セラミックスのレーザ加工を本格的に手掛けていた人は日本で10名くらいだったろう(すいません,正確には未確認です)と思うので,その分野では全国Best10に入る研究者だったと自負しています.その後入社した日立で,自分で左のように言い放ってしまったため,日立社内のいろいろな事業所からのセラミックスの加工に関する問い合わせがきてしまい,生意気なことに入社した年からそれらに(偉そうに)回答したり,助言したりしていました(1年目の駆出しなのに!?).今,振り返ると,「思い込みって怖いなぁ」という感じです.



学生諸君へ一言

理工学では学ぶことも大事ですが,実践も大事です.PELは,硬く(仕事で)も柔らかく(遊び?で)も「実践」を重んじています.実際の機械に触れ,実際に加工を行い,また一流の技能者とコミュニケーションすることにより,社会の一線で活躍できる人材育成を図っています.研究のほかにもいろいろな懇親会やスポーツ大会などのイベントもたくさんやっていて,楽しく過ごせる研究室ですよ.





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